深呼吸3つで現実は変わる。女性編集者がアメリカ禅センターで学んだ、暗やみを照らす「おばあちゃん心」とは?

私が大学卒業後に14年半勤めた出版社は、マガジンハウスといいました。退職して渡米し3年が過ぎたとき、まさにハウスが抜けてホームレス(ホームフリー)となった私。なぜアメリカへ、そして1年半のホームフリー生活を? そこには、瞑想が深く関係しています。と言うと、やる気が失せましたか? 確かに瞑想は、自分が課していた制限を取り去って、新しい一面をオープンにする怖さがあるとも言えます。でもそれは、もっとしっくりくる生き方を解放させてくれるということ。そしてその原動力となるのが、瞑想で育まれる「おばあちゃん心」です。

震災で、編集者を志望した初心に戻る

「おばあちゃん心」といえば、私が編集者を目指した原点は、祖母への手紙でした。元気になってほしいと彼女が亡くなるまで毎日書いていました。マガジンハウスに入社してからは、もっとたくさんの人に手紙を届ける幸運に恵まれました。

その初心に戻れたのは、東日本大震災です。編集部で被災して、翌日出社して、たしかシミを無くすメイク頁の校正を戻しながら当時の編集長に「…これでいいのでしょうか?」と尋ねました。そこには私のいろんな思いが込められていたのでしょう。それを汲み取った彼は「今、俺らができるベストを尽くそう。少しでも読んだ人が元気になれる頁をプロとして作ろう」、そう真っ直ぐ答えてくれました。

「では私はどんなメッセージを届けたいんだろう?」。以来、ことあるごとに自問自答するようになりました。祖母に手紙を書いていた当時のことも振り返りました。すると毎日の瞑想に支えられてきたこと。短所だらけの私を「ありのままでいい」といつも祖母が励ましてくれたことを思い出しました。そこで、“シミを隠すよりも、内側の光でシミ丸ごと輝くような人に”。そんな世界観を共有したいのだとわかったのです。

とはいえ瞑想などの霊的世界は、メジャー誌の編集者としての経験から、著名人や有識者の声、エンタメ要素やスポンサーとの関係性をふまえて工夫しないと広く伝えられないことは、よくわかっていました。企画が実現しなかったり、わかりやすさに走って核心の話が抜けたりと、実力不足でなかなか納得できる頁を届けられなかったからです。

飽きるまで悩んだ末に、会社を辞めて渡米

そんなとき、取材先からある研究者の新しい試みについて教わります。カリフォルニア大学バークレー校心理学部のダチャー・ケトナー博士が幸福心理学(幸せを科学的に研究する心理学のひとつ。感謝や思いやり、瞑想の効果なども研究対象)として初のオンライン講義を始めるという話でした。

「アメリカに行って、この先生に直接学んでみたい」。それは完全に直感でした。科学的な根拠と実体験を裏づけにすれば、瞑想特有の“怪しさ”や“堅苦しさ”を無くして届けられるのではとひらめいたのです。早速、人事に休職相談するとNG。そこで飽きるまで悩んだ末に、退職を決めて渡米しました。

つてもなく、英語もわからなかったので最初の半年間は、語学学校に通いました。「バークレーなんて絶対ムリ」と先生や周囲に言われ続けました。心が折れそうになると近所の公園で瞑想してリセットし、TOEFL(英語検定)を勉強しました。8か月が過ぎた頃、いろんな奇跡が重なり、2年間博士の研究室で学べることになりました。大学生との授業は、最低6回録音を聴いてノートをとりました。テストは段落を丸ごと暗記して乗り切り、眠くなると教科書が読めないので、最初の1年間はほとんど夜ご飯を食べませんでした。

覚悟していたけど、無職で1学期に約150万円の授業料とプラス生活費が減っていくのはホラー体験でした。2年間の教育課程を終了しても、大学院に行かない限り学位が取れないプログラムだったので、1日17時間勉強しても研究室でろくにアピールできない自分を責め続けていました。幸福心理学を学びながら、“ダメな自分”が大嫌いになり、どんどん不幸になる自分の現実の捉え方に疑問を抱いていました。

太平洋をみて「海の向こうには東京が…」と思っては、会社を辞めたことを後悔し、絶望していた(photo byロシア人の見知らぬ旅人)。

退職金を使い果たしてホームフリー生活へ

学んだことが実感できないなか、セルフコンパッション(自分への思いやり)の研究をしていた大学院生がバークレーを去ります。憧れの研究機関でインターンできたときは、研修希望の学生に有名な研究者の一人が陰で舌打ちする姿を目にします。科学的な裏付けをつかんでも、心理的技術を知っていても、自分も含めてそれを生きるのは難しいものだなと痛感しました。このギャップをつなぐものがわからないと、心から瞑想が良いものだとは伝えられないと思いました。

よくよく考えれば、瞑想とは実践あるのみ。そこで「頭で考えるばかりではなく、実際に修行してみては?」と、残りの滞在ビザの1年半、家を引き払ってアメリカのスピリチュアルセンターを渡り歩くことにしました。そして住み込み禅修行をした施設のひとつが、ニュー・メキシコ州のウパヤ禅センター。約5か月間、作務衣姿で20〜100名の食事を作り、トイレ掃除や草むしり、3時間の坐禅にアルファベッド版の「般若心経」を唱えるという生活を送りました。ここでようやく私の瞑想的幸せが何かを垣間見ることになります。

朝礼では、導師(礼拝を行う僧侶)のお香を持つ侍香(じこう)を勤めた(写真中央)。©︎Upaya Zen Center 

禅修行中にぶつかった壁

修行して2か月が過ぎた頃、再び疑念が芽生えた私。仏教では”私たちはそもそも仏だ”と言うけど、経典を学んで作務に励むほど、自分の至らなさが目につくのです。どんなに瞑想したところで「ありのままの自分でいい」なんていう安住の境地には至れない。利他心なんてもってのほか。そこで僧院長で人類学者のジョアン・ハリファックス老師に直球でそれをぶつけました。

「自分を成長させようと早起きしてみんなにご飯を作って坐禅しています。ぐうたらで気前が良いわけでもない私までもが、そもそも仏(光)だなんて信じられません。とすれば、大体修行なんていらないのでは?」と。

老師は全身全霊で私を見て、「美しい…」と呟きました。無知で失礼な物言いを良い悪いと評価せずに受けとめ、優しく、注意深く、揺らぐことなく、私を光そのもののように見つめたのです。それは2分ほどで、質問への答えはありません。でも言葉を超えた確かなつながりがありました。「どうせ説教されるだろう」と思っていた “ダメ”な質問をした私が丸ごと、混じり気なしの思いやりで包まれた場合こんなに癒されるのか! どんなアドバイスを受けるよりも日々の修行で得られるものの大きさを、彼女を通じて実感しました。

そこからスイッチが入って、修行に励みました。毎日の坐禅は、大人数の共同生活と忙しい日課に向かうための強く柔軟な心を育んでくれました。日本人は私だけだったので、朝4時半に起きて90人分の卵焼きと味噌汁の朝食を用意したときのこと。無言の食事時間でも、皆が思わず笑顔になりました。やっている内容が違っても、編集者時代に特集が完売したときのように、喜びで全身が痺れました。忍耐強く目の前のことにコツコツ向き合って、答えはすぐ出なくてもいい。結果や意味は、向かうべき方向を意識しながらなすべきことをした先に、自ずと生まれるものなのだと禅修行から学びました。花はいずれ開くのです。そのタイミングは、花任せでも。

渡米して4年が過ぎていたので、「何も無い状態で日本に帰るのが怖い」と老師に打ち明けたことがあります。すると「おばあちゃん心を持ってね」と助言されました。「他の人に対してですか?」と尋ねると、「それも大切だけど。まずは、あなたに対して」と抱きしめてくれました。

おばあちゃん心とは仏教でいう菩薩心です。それは「ありのままでいい」と祖母が傾けてくれた無条件の愛ともいえます。“おばあちゃん心を自分へ”とは、そんな愛を自分に贈ること。つまり、長所も短所もある自分を許すことです。英語では、セルフ・コンパッションと呼ばれます。自分に厳しくなりすぎて私が見失っていた、“自分を思いやれた分だけ、相手のことも愛して思いやれる”という真理。それを老師は諭してくれたのです。

クリスマスに、禅センターの僧院長ジョアン・ハリファックス老師やセンターのみんなにいただいたクリスマスプレゼント。今も宝物。

瞑想でセルフコンパッションを練習

このセルフコンパッションは、瞑想で練習できます。禅センターの接心(集中瞑想期間)でプレジデントの隣席になった私は、「いいところを見せなくちゃ」と張り切りました。しかし腹の虫が大演奏。「消えて!」と抵抗するほど、嫌な気分が増します。

そこで観念し、おばあちゃん心で体験を丸ごと受けとめることにしました。これは、思い通りにならない現実を直視するタフさや客観性を育む練習にもなります。まず「恥ずかしいよね」と本音を優しく受けとめます。すると、体がカッと熱くなるのが感じられます。「どこが熱い? 頬かな」と興味深く点検すると、ピークを迎えた熱が少しずつ消えていくのに気づきます。

「お腹が鳴った恥ずかしい自分」は一つの体験だけど、永遠ではなく私の全てでもない。このような視点を持つことを、心理学では“脱同一化”といいます。「感じて、気づいて、手放す」を繰り返し、脱同一化が深まると、体や心がキャッチする情報と、それに反応する自分の間に微かなギャップが生まれます。その隙間を観察するうちに、「こうあるべき」「こうするべき」というフィルター(エゴ)が薄れていきます。すると命の奥で隠れていた一筋の愛の光、「おばあちゃん心」が輝き出すのです。

老師とみんなで行ったセンターから車で2〜3時間走った、サングレ・デ・クリスト山地中心の深い谷間にあるPrajna Mountain Forest Refuge(般若山森林保護区)の山小屋。白樺林のなかで、生まれて初めて雪が降る音を聞いた。

日常生活でおばあちゃん心を育むには?

毎日瞑想するのが難しいなら、3回深呼吸しましょう。レジ待ちやプレゼン前にゆっくり深呼吸してリラックスし、息のリズムを見つめる。これも立派なプチ瞑想になります。大切なのはどれだけ長い時間行うかよりも、続けること。ここでも自分への思いやりがポイントです。

「瞑想に必要なのは何度も微笑むことです」とは、私を瞑想の世界に誘ってくれたティク・ナット・ハン禅師の言葉。それは、柔らかい心で今の自分を感じること。光である自分に帰り、愛の輪を広げること。

私は外側に答えを求めるあまり、全て必要な体験でしたが、たくさん遠回りしました。そしてようやく腑に落とせたのは、冒険は今ある環境を変えなくても、今ここで、身ひとつで行えるということ。穏やかに呼吸を見つめ、今まで気づかなかったことに気づく。 “何を(what)”ではなく、”どう(how)”を変えることで現れた光で照らされる毎日は、まったく違う体験になります。それを是非ご自身で確かめてみて下さい。そんな深い思いやりを育む瞑想で、おばあちゃん心をあなたと世界に贈ってみませんか。

Text by 土居彩

株式会社マガジンハウスに14年間勤務し、anan編集部などに所属。退職後に渡米し、カリフォルニア大学バークレー校心理学部ダチャー・ケトナー博士研究室で2年間学ぶ。その後ホームフリー生活を送り、ウパヤ禅センターレジデント、エサレン研究所ワークスカラー、タサハラ禅センターボランティアなどを経験。帰国した現在は執筆・翻訳活動のかたわら、大学などで瞑想・ジャーナリングを指導。www.makiwarilife.tokyo

メンタリング瞑想アプリ「RussellME」では、セルフコンパッションのプログラムを多数ご用意しています。ぜひ、アプリをダウンロードして、自分への優しさ、他者への思いやりの心を育む練習をしてみてください。

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