集中力アップにも繋がる、暗闇の中で感覚を研ぎ澄ます「暗闇ご飯」がビジネスマンに人気の理由

食べるマインドフルネスとして注目されるワークショップ「暗闇ごはん」を主宰する、浅草にある浄土真宗東本願寺派緑泉寺の住職、青江覚峰(あおえ・かくほう)さん。アイマスクをして視覚が奪われた状態で食事をすると何が起こるのか、そしてそれが何につながるのか、ジョン・カバットジン博士(*)が考案した食べる瞑想「レーズン・エクササイズ」と同様の気づきを得られるのか、さらには、新たにスタートしたプログラム「喫茶喫飯」についてまで、さまざまな質問にお答えいただきました。

――「暗闇ごはん」を始めたきっかけから教えてください。

「今から13年くらい前、現代人は忙しすぎると思うようになったのがきっかけです。「喫茶喫飯(きっさきっぱん)」という仏教用語にあるんですが、意味は「お茶を飲むときはお茶を飲み、ごはんを食べるときはごはんを食べなさい」という、ごく当たり前のこと。でも、現代人はこれができていない。頭を切り替えられず、目の前の物事に取り組めていないんです。クライアントとの打ち合わせ中に、「お腹すいたなー、昼ごはん何を食べよう?」と考えるのは、相手に対しても失礼ですよね。当たり前のことが忙しいゆえにできにくくなっている世の中だから、いったん立ち止まって、当たり前のことをする。そのための装置が、「暗闇ごはん」なんです」

――暗闇だと普段より食事に集中できるのはどうしてでしょう。

「視覚が奪われた状態というのは、どうしても恐怖感があります。何を食べさせられているんだろう、好きなものなのか嫌いなものなのか、そもそも口にしてもいいものなのかすらまったくわからないので、いつもより注意深く食べる。結果として、食事と自分とが一対一で向かい合えるようになるんです」

――恐怖心がゆえに集中できないということはありませんか。

「ゲームなど、恐怖心をなくす仕組みを用意しています。アイマスクをした状態で手を引いて席に案内するので、最初は前や隣に誰がいるかわからず、あたりはシーンとしていて、大宇宙ひとりぼっちの恐怖の状態ですが、まず向かいの人と暗闇でじゃんけんをしてもらうんです。もちろん見えませんから、お互い手で触って、何を出したかを確認する。普段なかなか、知らない人と両手を触れ合うことはないですよね。だから、これが最高のアイスブレイキングになる。世の中ひとりじゃない、仲間、味方、友だちがいると思えるようになるんです。次に、じゃんけんで勝った人から自己紹介をします。そうして情報の交流をしているあいだに1品目がそっと運ばれ、それを食べて「これってなんだと思う?」と、自然な流れで今度は情報の交換が始まります。共通の話題ができることで「一緒にがんばっていこうね」という方向付けができるんです。言葉に表すことで恐怖が薄らぎ、食べ物にどう向き合うかという部分がエッセンスとして残っていく」

――自分や相手が食べているものが見えないだけに、相手に伝わるように言語化するのは容易ではないですよね。

「はい、最後まで言わなくても空気や行間を読んで理解できるハイコンテクスト・コミニュケーションが当たり前の日本ではなおさらです。多くの国境を接しているスイスなどはローコンテクスト文化で、すべてを言語化していかなければなりません。「これ」「それ」「あれ」「どれ」が通じないんです。「暗闇ごはん」も同じです。「これおいしいね」と言っても、相手にはどれのことだかわからない。たとえばサラダを出したとき、誰かが「あっ、キュウリだ」と言っても、「まだ食べてない」「いくら食べてもキュウリがないんだけど」という話になれば、何をキュウリと間違えたのか、言葉にしながら一つひとつ丁寧につぶしていくようになります」

――日本人という意味では、まわりに同調しやすい傾向もありますが、「暗闇ごはん」ではどうですか。

「「暗闇ごはん」でも、本当はサツマイモなのに、誰かが「このカボチャ、おいしい」というと、事実ではないのに「そうだね」と次々まわりが同意するようなことが起こります。古代ギリシアのデマゴーグのように、確かな情報ではないけれど、不安からそれを認めてしまう。会社でも、営業部の話を真に受けていたら現場ではまったく違ったなど、意図しない情報操作にまわりが振り回されることがよくありますよね。「暗闇ごはん」では、こうした参加者のさまざまなやりとりをメモしておき、企業研修では特に、ふりかえりの時間を多く設けています」

――人は情報の8割を視覚から得ていると言われていますが、「暗闇ごはん」では視覚がない分、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を駆使します。これは、直感力を鍛えることにつながりますか。

「直観力にはつながらないと思います。直感が働いたところで結果を残すかはわからないですし、確かなのは、人間は五感をもっているのに明らかに視覚情報に頼りすぎているということです。それは生物としてちょうどいい塩梅ではないですよね。どの感覚が優れているかは人によって違いますし、たとえば僕は、味覚は強いんですが目が悪く、色の濃度の違いがあまりわからないんです。でも、デザイナーさんの多くは視覚が優れていますよね。感覚を鍛えたい人は鍛えればいいと思いますが、一度立ち止まって、自分にとっていいバランスを知るための場所を提供しているのが、「暗闇ごはん」なんです」

――とはいえ、視覚以外の感覚を研ぎ澄ます経験はなかなかできませんし、リピーターも多いのでは?

「実際にリピーターの方もいらっしゃいますね。「暗闇ごはん」を続けることで感覚が研ぎ澄まされていく部分もあると思いますが、日常ではそれを発揮できず、もとに戻ってしまうのが現状です。お寺の暗闇という非日常の中で気づくのはあたりまえで、日常で気づくかどうかが大切になってきます。「暗闇ごはん」では最後の2-3品を明るいところで食べるんですが、視覚が使える日常に戻ると、話や見た目に気を取られて、途端に小さな味の違いに気づけなくなるんです。ですから、「日常に戻った瞬間に気づけなくなってしまいましたが、これを日常でいかに続けていけるかが大切です」というメッセージを最後に伝えています。日常につなげられないなら「暗闇ごはん」をやる意味がありません。学んだことは、日常に取り入れて初めて、意味あるものになっていく。「暗闇ごはん」のような食の企画のいいところは、多くの人が1日3食、能動的に食べるという行為をしているので、フラッシュバックが頻繁に起こり、学んだことを日常に取り入れやすい点です」

――その結果、日常がよりマインドフルな状況になるんですね。カバットジン博士考案の食べる瞑想「レーズン・エクササイズ」で得られる気づきと近いでしょうか。

「そうですね。「レーズン・エクササイズ」では、レーズン1粒を食べるという、通常なら1、2秒の行程を、5分、10分と長い時間をかけて行います。「暗闇ごはん」では、食べ物と自分とが一対一で向き合い、コミュニケーションを調整する場を提供していますが、最近は研修の一環として後者に興味をもたれる方が多く、よりそちらに特化した「喫茶喫飯」という新企画を始めました。こちらの方が「レーズン・エクササイズ」に近いかもしれません」

――「喫茶喫飯」はどんなプログラムですか。

「四分律行事鈔(しぶんりつぎょうじしょう)」というお経をもとにしています。5つに切り分けたお菓子を目を閉じてゆっくり食べるんですが、1口味わうたびに1つの問いを投げかけています。

1口目では、食べ物が供されるまでの人々の思いや命に目を向け、食べ物がどこから来たのかを想像します(計功多少量彼来処)。たとえばみかんなら、静岡で作られたのかな、農家さんもいれば流通に関わった人もいるし、トラックを運転する人もいれば、トラックや道路を作った人も、その道路を管理する人もいる。いろいろ横の軸で想像したあと、今度は縦軸の歴史です。みかんは何百年前に日本に来たんだろう、農家は何代目なんだろうと、さまざまなところがつながっていきます。

2口目では、自分は一体その食べ物を食べる資格があるのかをよく考える(忖己徳行全缺多減)。どんな食べ物であれ、もともと生きていた有機物ですし、食べるというのは他の命を自分の命に変えていく行為ですから、それに値することを自分はやっているのか、過去1週間を思い起こしてもらっています。

3口目では、むさぼりの心を離れ、慎みの心をもって食事をとる(防心顕過不過三毒)。「もっと! もっと!」という感情が最近いつ出たか、その気持ちにどう対応したかを考えます。

4口目では、食べ物が自分の体を作るということを考えながら食べる(正事良薬取済形苦)。食べることは体を作ることであり、今飲んだお茶が、明日、明後日には血になっているかもしれないし、肉になっているかもしれない。つまり、目の前の食べ物は未来の自分であり、体内に吸収されたらどうなるかまでを想像する。「レーズン・エクササイズ」と同じですね。

5口目は、仏道修行のために食事をいただく(為成道業世報非意)。一般向けなので、ここだけは「生きるために食事をしましょう」と意訳しています。人は誰もが食べないと死んでしまう。反対に、食べ続けてもいつかは死ぬ。それなのにどうして食べるのか、考えてみるんです。

こうして5つ質問をしますが、答えは出なくてもいいですし、一番心に響いたものを選んで、2回目はグループでセッションする。1度目は個人ですが、2度目は社会として考え、仕事がどこから来ているか、どことつながっているか、クライアントとの関わりなど自分の仕事の幅、深さ、奥行きを想像していきます。

――一般の方々や企業が青江さんの企画に興味をもつ理由はなんだと思いますか。

「おとなになると特に、さまざまな研修や経験を経て知識は溜まっているものの、溜まった知識が腑に落ちず、頭でっかちになっているからではないでしょうか。本質を知らずに、わかったつもりになって先に進もうとしてしまう、仏教でいうところの「無明」の状態ですね。腑に落ちていないと実生活につながりませんが、「暗闇ごはん」では体験を通して自分自身がつまずくからこそ、先へつながっていくんだと思います」

――「暗闇ごはん」や「喫茶喫飯」に近い体験を、家で気軽に試せる方法はありますか。

「エダマメはどうでしょうか。「レーズン・エクササイズ」が世界に広まったのは、レーズンが単一の素材であり、アレルギーも少なく身近な食材だったからというのもあると思います。とはいえ、日本人にはあまり食べる習慣がないですし、エダマメなら、さやがケバケバしているし、はたしてこれは食べるべきなのか、薄皮は取るべきか、ゆっくり観察して、想像をいろいろ広げやすいと思います」

■暗闇ごはん
海外で試されている真っ暗な中で食事をとる「ブラインドレストラン」を日本の食文化にアレンジしたワークショップ。明かりを落とした薄暗闇の部屋で参加者にアイマスクを着用してもらい、完全に視覚を奪われた状況を作り出した状態で料理を一品ずつ提供。日常では体験することのできない完全に視覚を奪われた中で、「ものを食べる」という行為によって、残された嗅覚、味覚、聴覚、触覚をフル回転させます。また、お寺という非日常の空間で、顔の見えない相手とひとつの食卓を共にすることで参加者の想像力を刺激します。

青江覚峰
浄土真宗東本願寺派 湯島山緑泉寺住職

Text : 権田アスカ

ラッセル・マインドフルネス・エンターテインメントでは、ヨガ、瞑想、音楽&ダンスで心と身体を整えて解放するモーニング・ウェルネス・パーティ「AWAKEME」と、幸せな毎日を過ごすための学びのオンラインコミュニティ「AWAKEME “THE WORKSHOP”」を開催しています。

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AWAKEME

AWAKEME(アウェイクミー)は、朝のクラブでヨガ、瞑想、音楽&ダンスを楽しむモーニング・ウェルネス・パーティです。コンセプトは「ヨガ・瞑想・音楽&ダンスで心と身体を整え解放しよう」。

自分の内側に意識を向け、自分自身をあるがままに受け入れて、凝り固まった思い込みや想念に気づき、目覚め=AWAKEの旅に。

新たな自分を発見して、みんなで愛に溢れた世界を作っていきましょう。

私たちは自己肯定感を高めることを目的としたウェルビーイングコミュニティを形成していきます。