クリパルヨガを通じて自身の内側と向き合う大切さを伝える現代のヨギーニ

心身の不調からヨガのクラスに通い出したのが約19年前。飽きっぽい性格だったCHIEKOさんが今まで欠かすことがなかったのがヨガの練習でした。現在はクリパルヨガの指導に加えて、クリスタルボウルの演奏で多くの人に癒しを届けています。個々を尊重するスタイルで、現代人が取りれやすいヨガの流派のひとつであるクリパルヨガとは?

ヨガをするとスッキリして、3年間毎週通うように

――CHIEKOさんがヨガを始めたきっかけは何だったのですか?

「ヨガを始めたのは19年前ですね。肩こり、腰痛、身体の痛み、PMSで気分のアップダウンが激しかったりで、病院に行くほどではないけども、どうにかしたいなと思ってたんです。その頃、サイケデリックトランスが好きで、ヒッピーカルチャーからヨガに入って行きました。ヨガやったら変われるかなと、ぼんやりと思うようになったのがきっかけです」

――その頃はヨガスタジオもあまりなかったし、どこでヨガを始めたのですか?

「当時宗教でヨガのイメージがあまりよくなく、スタジオもほとんどなかったので、探すのが大変でした」

――私は駅前の小さなビルに入っているカルチャーセンターのヨガクラスをようやく見つけて、通っていましたよ。

「そうそう。でも、雑居ビルに入っている教室でクラス受けて帰ってこれなくなったらどうしようって思ったり(笑)。そういうアンダーグラウンドな感じも実は面白そうだなって思いもあったんですけどね。それで、当時、雑誌でよく見かけた先生がいて、麻布十番に小さいスタジオを持っていたんですよ。この先生だったら大丈夫かなと思って通うようになりました」

――そこでヨガにはまってしまった?

「私は凄く飽きっぽくて何やっても長続きしないタイプだったのですが、そこに行ったら難しいポーズは全然しなくて、いつも終わるとスッキリして帰ることができて、毎週行くようになりましたね。その先生のクラスは、足の先をくるくる回すウォームアップをして、ポーズは4個くらいしかやらないでシャバーサナして90分終わりって感じだったんです。ゆっくり自分に触れたのも始めたったし、例えば身体をねじるポーズだと、右にねじったら10呼吸保って、戻ったら5呼吸休んで、次に反対側で同じことをして、それを2回繰り返すまさにハタヨガって感じで、それが合っていたのだと思います。あと、私は集中力に欠けるタイプの子供だったので、止まることや呼吸に意識を向けることがとにかく新鮮でしたね。自分で自分を整えた感覚もフレッシュでした」

ーー受講者側からリードする側になった経緯を教えてください。

「3年くらい毎週通っていたら、ある時先生から「毎週来てるよね? 私が教えられるようにしてあげるから、教える道に行けば?」って言われたんです。それで、弟子になり、半年〜1年くらいかけて教えられるようにしてもらいました。とはいえ、先生が急に休まなければいけない時にいきなり代講を振られるだけで、そこではそんなに教える機会はありませんでした。その1年後に先生が宇都宮でスタジオをプロデュースすることになって、私が週に1回1泊で宇都宮に行って教えることになりました。でも、そこがショッピングセンターに入っていたので、隣のショップの音楽も丸聞こえで、1年くらいでクローズになってしまいました」

――いい経験にはなりましたよね?

「そうなんです。ヨガのスタジオでクラスを持つには半年から1年の経験がないと応募できないので、この宇都宮の経験のおかげで、その次は自由が丘のGLLOWというスタジオのオーディションに受かり、教えることになりました。その頃、ちょうどヨギーニが創刊したり、スタジオがどんどんオープンしたり、ヨガウェアのブランドがローンチしたり、RYT200時間の資格が日本でスタートしたりとちょうどヨガが広まってきた頃でした」

現代人が取り入れやすいクリパルヨガとは

――クリパルヨガとの出会いは?

「一番最初に師匠からポーズは教えてもらったのですが、哲学とか解剖学とかヨガの背景にあるものを学んでなかったので、もっと勉強したいと思うようになったんです。GLLOWで教え始めて2、3年くらい経ってから、シバナンダかクリパルで学びたいなと思い、最終的にクリパルのクラスを受けることになりました。1年半、ワークショップも受けまくって、RYTを受講する準備をしました」

――クリパルヨガについて教えてください。

「スワミ・クリパルっていうインド人の出家している修行者がいて、その人から教わっていた子供が60年代にアメリカの大学に留学してアメリカでヨガを教えるようになったのが始まりです。アムリット・デサイというヨギなんですが、彼がアメリカでアシュラムを作って、クリパルヨガを広めました。スワミ・クリパルも亡くなる前の約10年間はアメリカで過ごしました。そういう経緯があるので、クリパルはアメリカナイズされてます。インドの伝統的なスタイルの流派などは、手の位置はここ、足はここ、呼吸はこうと全部決められているのだけど、アメリカって人種がたくさんいて身長も体型も様々なので、みんな同じところに手を置けないんですよね。足が閉じれない人もいるし。なので、誰でもできるようにアレンジがされてるんです。呼吸法も鼻から吸って鼻から吐くのがヨガの教えだとしたら、現代人は慢性的に鼻が詰まっている人もいっぱいいるので、鼻が詰まっている時は口から吐き出すみたいに、フレキシブルにできるようにしています。そこがクリパルヨガの面白いところで、現代人が取り入れやすいと思います」

――難しいポーズを何度チャレンジしてもできない場合は、自分にがっかりするし、自信を失ってしまいますよね。

「クリパルは難しいポーズをどんどん練習するのがアドバンスではなくて、私たちはずっとベーシックなポーズを練習してます。怪我しないように、個々に最適なアライメント(骨や筋肉の正しい配置)を整えた上で、呼吸が止まらないようにポーズを維持することを大事にしています。難しいポーズができても、呼吸が止まっていたら、ポーズのエネルギーを受け取れないというのがクリパルの考え方の一つにあります。あと、リラックスができて、それを感じていられるかもポイントです。呼吸して、リラックして、感じる。そして、自分自身が観えているかなどをヨガの練習の中で体験して磨いていきます」

毎年のインドステイでシンプルな自分に

――CHIEKO先生は毎年インドを訪れているそうですが、どんなところでヨガをやっているのですか?

「インドってとても大きな国ですよね。ある時突然インドに行きたくなって、私が呼ばれたのは南インドだったんです。そこでリトリートできるヨガのアシュラムがあって、そこに通うようになりました。でも、そこの先生が5年くらい前に亡くなってしまって…。その地域はティルヴァンナマライというのですが、そこの土地に行くだけでエネルギーをもらえるので、先生が亡くなった後も訪れています。目に見えないものなのだけど、ヨガをするために大切だと思って。ティルヴァンナマライは、聖地でみんなが瞑想しようとか清めようっていう目的で来てるので、そういうエネルギーがいいんですよね。お酒も禁止なので泥酔者とかの淀んだエネルギーがないし、ヴィーガンの街なので、動物の悲しい想いみたいなものが街にないんです。東京生まれ東京育ちの私にとってはそれが面白いんですよね」

――きっと色々なものがずっと昔のままなのでしょうね。

「同じ現代なのにこんなにも違うんだって。そういうところに行って、自分はどんな風に生きていきたいのか確認するという感じです。1日のスケジュールは決めないで、瞑想したり山に登ったり、自由に過ごしながら、シンプルな自分になって、自分自身に問いかける時間です」

――CHIEKOさんはRussellMEプレミアムでクリスタルボウルのクラスも担当してますが、演奏を始めたきっかけは何だったのでしょう?

「私自身、身体に力が入りやすかったり、緊張したり、疲れが溜まりやすいんです。マッサージを受けに行ったりするのですが、クラス中に私がみなさん一人一人にマッサージをすることはできないしな〜なんて考えていたんです。そんな時にクリスタルボウルをやっている野村賢吾先生のクラスに行ってヨガしてクリスタルボウルを聴いた後に起き上がったら、何も考えられなくなってしまったんですよ。瞑想しようと思って瞑想して心が静かになるまでちょっと時間がかかりますよね。でも、クリスタルボウルを聴くとすぐそういう状態になるんですよ。凄いなって。そういうビックリな体験をみんなとシェアしたいなと思ったんです」

――最後にヨガ、瞑想以外で行なっているセルフケアがあれば教えてください。

「月が好きなので、新月と満月、月を意識することですね。天然石とかクリスタルボウルとか持ち物を月光浴させてます。あと、ムーンウォーターを作っています。月とか宇宙のサイクルと繫がりを持つことで、自分の中の宇宙を広げてます」

Text : 松田敦子

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